比良八光窯泥塾(陶芸教室) Feed

2015年8月31日 (月)

黒アゲハが私の庭のレモンの木に飛んできました。

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8月下旬アゲハを撮りました、美しいですなぜ黒アゲハかな私のレモン木かな?
陶芸の作に影響してきました。

 

2013年7月17日 (水)

土の話3

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 土岐市下石地域(赤い印、私の故郷) 美濃焼が盛んです、その粘土の由来を

さぐる、 名古屋は東海湖の中心の底にあった見たい、、

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東海湖の時代(約300万年から80万年前)
 今から300万年ほど前(第三紀鮮新世)には東海湖と呼ばれる巨大な湖が濃尾平野を中心に存在してことが知られています。この湖に堆積した地層は東海地方では瀬戸層郡、名古屋市東部では矢田川累層、知多半島北部では常滑層郡、三重県北勢、員弁地方では安芸層郡と呼ばれ、その堆積の主体となっている粘土や珪砂は各々の地方で瀬戸焼、常滑焼、万古焼などの陶器の原料として古くより盛んに採掘されています。
これら一連の地層郡は同じ湖の堆積物であるため、一括して東海層郡と呼ばれ濃尾平野の地下、瀬戸内第一累層郡の上を広くおおっている。

 今から100万年ほど前(更新世前期)東海湖は干上がり、消滅しました。
 濃尾平野には紀伊半島の起部付近から北方向に養老断層ができ活発に活動をはじめ養老山脈が形成され、逆に濃尾平野の西縁部は沈降を始めました。これに加え濃尾平野の東部に猿投山塊の形成が始まり、こちら側では隆起が起こったのでです。この結果、濃尾平野の地層は東から西に傾いた状態になったと考えられています。この傾動沈下運動は濃尾傾動運動と呼ばれています。

 一方、養老断層に沿った地域には大きな川(古木曽川など)が流れるようになりました。当時は伊勢湾の湾口付近まで陸化していたため、この川は現在の伊勢湾を縦断するようなルートをとり太平洋に注いでいたと考えられています。そのため北方の山並みから大量の土石が下流域に供給され平野の形成を促進しました。現在の名古屋東部丘陵の頂部(八事面)をつくっている唐山層、八事層などはこの時期の堆積物です。


熱田海の時代(約14万年~3万年前
 八事層の礫が堆積した後、濃尾平野は陸化してしまいましたが約14万年ほど前に氷河期が終わり、氷河地域の氷が溶けて海水が濃尾平野の奥まで入ってきました(熱田海進)。この濃尾平野を覆った海は熱田海と呼ばれています。
 この時代の海に積もった堆積物を熱田層といいます。熱田層の下部層は海成粘土からできているのですが、上部層は河口域の泥や砂の厚い層からなり木曾御嶽の火山活動が始まったため火山灰や軽石を含むようになります。
 熱田海が退くと、濃尾平野に熱田台地、御器所台地、笠寺台地などの新しい台地が残されました。

あゆち潟の時代(1万年~500年前)
 1万年ほど前、海面が上昇し海が再び濃尾平野に侵入し始め、約5500年前には岐阜県大垣付近まで海岸線が到達しました。(縄文海進)
 平野東部では熱田台地、御器所台地、笠寺台地さどの台地の辺縁部に海岸が到達し、台地に人類が生活を始めました。

 海岸線は揖斐川、長良川、木曽川、庄内側、天白川から供給される泥や砂によって三角州と干潟が形成され、しだいにその海も埋まり、時代とともに海岸線は後退しました。この干潟の海のことをこの時代の人々は年魚市潟”(あゆちがた)と呼びました。この最も新しい時代の海の堆積物を南陽層といいます。

こうして現在の東海地方の地形が出来上がりました。

2013年6月29日 (土)

土の話 2

先日かんじる比良の陶芸教室で使用した粘土は「野洲の篠原粘土」という白っぽい色をした粘土です。参加していただいた皆さん、どんな手触りでしたか?

おそらく、なめらかで扱いやすかったのではないでしょうか?

それは、掘り出した粘土(原土)の砂を取り除いたり磨(す)ったりして精製しものだからです。

原土はこんな感じで、触ると砂が当たります。

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これは花崗岩が長い時間をかけて崩れてできた粘土だからです。

花崗岩をよく見ると、透明な石英・白い長石・黒い雲母・などが入っているのが分かります。

更に白っぽい斜長石が分解してカオリナイトが陶土になり、白い黄土色の粗い真砂土(真砂)になっています、上記の原土が真砂とよんでいると思います。

この原土で作品を作ったのがこれ素焼きの段階です。

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素焼きすると、更に白っぽくなります。手触りはやはり砂が当たり、痛いです。

これはわざとなめらかにしてないので余計にゴツゴツしてます。

違う作品ですが、原土を使って同じようにゴツゴツした感じの作品です。

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灰(灰釉)をうすくかけて、焼成したものです。

かんじる比良の陶芸教室で使った粘土とは違い、こんな土もあります。

簡単に土と言ってもなかなか奥が深いです。

2013年3月24日 (日)

土の話

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私の住んでいる滋賀県は琵琶湖が有名です。

今からおよそ400万年前の今の伊賀上野あたりに、それほど大きくない湖(大山田湖)が古代の琵琶湖の姿(古琵琶湖)だといわれているみたいです。

バイカル湖などと同じような世界有数の古代湖の一つです。

伊賀上野~蒲生~野洲~堅田と、長い長い年月をかけて北上し、形を変えながら、干上がったりもしながら、およそ40万年前に今の琵琶湖の形に近くなったようです。このように、古琵琶湖の底には長い長い間堆積した粘土層(信楽や野洲あたり)があります。

これらの土を使って信楽焼きや京焼きなどを作ったりします。

今でも琵琶湖は年に約1センチずつ北に移動し、底には土が堆積しているということです。

2012年12月12日 (水)

私の家から比良釈迦岳(10606м)の雪姿

Img_5054 今日は2012年.12月12日12時日になりました、私の家から見える釈迦岳の姿ですこの日は今しかないと思います、志賀バイパスが比良山麓を通り北小松まで延長し旧R161が静かになりました、よく寝れます。

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